インドネシアコーヒーと聞くと、重厚なコクで知られるマンデリンを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、スラウェシ島の山岳地帯で生産されるトラジャコーヒーも、インドネシアを代表する高品質なコーヒーです。

トラジャコーヒーは、爽やかな酸味と深いコクをあわせ持ち、商品によっては柑橘類、熟した果実、チョコレート、スパイス、花などを思わせる複雑な香りを楽しめます。

日本では「トアルコ トラジャ」という名前でも広く知られています。ただし、トラジャは産地を示す名称、トアルコ トラジャは独自の品質基準に基づくブランドであり、まったく同じ意味ではありません。

トラジャコーヒーの魅力は、インドネシアらしい深いコクのなかに、明るい酸味と上品な甘みを感じられることです。

第1章 トラジャコーヒーとは

トラジャコーヒーとは、インドネシアのスラウェシ島、主に南スラウェシ州のトラジャ地方で生産されるコーヒーです。スラウェシ島は以前セレベス島とも呼ばれていたため、トラジャを含む島内のコーヒーが「セレベスコーヒー」として販売されることもあります。

トラジャ地方は島の内陸部にある山岳地域です。険しい山々や高原が広がり、標高の高い土地では主にアラビカ種が栽培されています。

トラジャは品種名ではない

「トラジャ」はゲイシャやブルボンのような品種名ではなく、生産地域に由来する名称です。そのため、トラジャ地方では複数のアラビカ品種が栽培され、品種、標高、生産地区、精製方法、焙煎度によって味が変わります。

地域文化とコーヒー

トラジャは地域に暮らす人々や文化を示す名称でもあります。コーヒーは地域の自然環境だけでなく、農家の生活や集落の経済とも深く結びついています。小規模農家が栽培した豆を集荷し、選別・加工して流通させる仕組みも生産を支えています。

トラジャコーヒーは品種名ではなく、スラウェシ島のトラジャ地方で生産されるコーヒーを示す地域名称です。

ハンドドリップでコーヒーを淹れるイラスト

第2章 トラジャとトアルコ トラジャの違い

日本でトラジャコーヒーを探すと、「トアルコ トラジャ」という商品名を目にします。名前は似ていますが、両者が示す範囲は異なります。

トラジャコーヒーは産地名称

トラジャコーヒーは、トラジャ地方で生産されたコーヒーの総称です。特定企業の商品だけを示す名称ではなく、さまざまな生産者、農園、輸出業者、焙煎店が取り扱っています。

トアルコ トラジャはブランド名

トアルコ トラジャは、キーコーヒーが展開するプレミアムコーヒーブランドです。「TOARCO」は「Toraja Arabica Coffee」の文字を組み合わせた名称で、直営のパダマラン農園と周辺の協力農家で生産された豆のうち、独自の品質基準を満たしたものが使用されています。

赤く完熟したチェリーの手摘み、欠点豆の除去、複数回のカップテスト、温度管理された輸送など、一連の品質管理が行われています。

トラジャブレンドとの違い

商品名に「トラジャブレンド」とある場合、トラジャ産の豆だけで構成されたストレートコーヒーとは限りません。トラジャ産豆を中心に、ほかの産地の豆を組み合わせている商品もあります。

トラジャは産地全体の名称、トアルコ トラジャは独自の品質基準を持つブランド、トラジャブレンドはトラジャ産豆を使用した配合商品です。

コーヒーを手に街を歩くイラスト

第3章 トラジャコーヒーの歴史

インドネシアで本格的なコーヒー栽培が始まったのは17世紀末ごろです。ジャワ島などを中心に生産が広がり、その後スラウェシ島にも栽培地域が拡大しました。

トラジャ地方のコーヒーは、かつて「セレベスの名品」と呼ばれ、希少性と上品な風味で知られていました。

戦争による生産の衰退

第二次世界大戦が始まると、農園の維持や輸出が難しくなり、多くの農園が荒廃しました。トラジャコーヒーは国際市場から姿を消し、後に「幻のコーヒー」と呼ばれるようになります。

ただし、地域から木が完全になくなったわけではありません。現地農家は小規模ながら栽培を続け、コーヒーの木を守っていました。

1970年代に始まった復興

1973年、木村コーヒー店、現在のキーコーヒーがスラウェシ島で現地調査を開始しました。その後、現地法人の設立、道路や農園の整備、苗木の提供、栽培指導、加工設備の建設などが進められます。

そして1978年、「トアルコ トラジャコーヒー」が日本で発売されました。市場から姿を消してから約40年を経て、トラジャコーヒーが再び広く知られるようになりました。

トラジャコーヒーの歴史は、戦争による衰退を経て、現地農家と日本企業の協力によって国際市場へ復活した歴史です。

カフェでコーヒーと仕事を楽しむイラスト

第4章 スラウェシ島の地形と栽培環境

トラジャ地方には起伏の大きな山や高原が広がり、コーヒー農園は斜面や谷に点在しています。場所によって標高、日照時間、降雨量、風の通り方が異なるため、地域内にも複数の微気候があります。

標高の高い生産地

トアルコ トラジャの農園や協力農家は、標高約1,000〜1,800メートルの高地にあります。高地では昼間と夜間の気温差が大きくなりやすく、コーヒーチェリーが比較的ゆっくり成熟します。

成熟期間が長くなることで、種子に甘みや香りのもとになる成分が蓄積されやすくなります。

土壌と降雨

生産地には弱酸性の土壌や火山灰を含む肥沃な土壌が見られます。適度な降雨も木の成長を支えますが、雨が多すぎると病害や乾燥不良につながるため、排水や乾燥の管理が必要です。

シェードツリー

農園によっては背の高い樹木を植え、強い直射日光を和らげています。パダマラン農園では、カバークロップ、シェードツリー、コーヒー果肉を堆肥に利用する循環農法が行われています。

トラジャコーヒーの個性は、高い標高、昼夜の寒暖差、土壌、降雨、日照、山岳地帯の微気候が組み合わさって生まれます。

焙煎士がコーヒー豆を焙煎するイラスト

第5章 トラジャの主な生産地区

トラジャコーヒーは一つの大農園だけで生産されているわけではありません。山岳地帯にある農園や小規模農家によって栽培され、地区や集落ごとに異なるコーヒーが作られています。

タナ・トラジャと北トラジャ

主要な行政地域には、タナ・トラジャ県と北トラジャ県があります。タナ・トラジャには山岳農地が広がり、多数の小規模農家がコーヒーを栽培しています。北トラジャの中心都市ランテパオ周辺も、集荷や流通における重要な地域です。

パダマラン農園

パダマラン農園は、トアルコ トラジャの生産拠点として知られる直営農園です。約530ヘクタールの農園では、栽培だけでなく、苗木の育成、技術研究、収穫、選別、周辺農家への技術提供も行われています。

ミナンガとプルプル

ミナンガは標高約1,500メートル、プルプル村は約1,800メートルの高地生産地域として知られます。プルプル村の豆は、高地産らしいクリーンな香りを持つコーヒーとして評価されてきました。

ウマとペランギアン

ウマ地区は標高約1,600メートルにあり、腐葉土を含む火山灰土壌を持ちます。ペランギアン地区では午前中に日が当たり、午後には日陰になりやすく、チェリーがゆっくり成熟します。

同じトラジャ地方でも、地区の標高、土壌、日照条件が異なるため、地区名は重要な選択材料になります。

コーヒー豆の麻袋と商品パッケージのイラスト

第6章 トラジャで栽培される主な品種

トラジャ地方では主にアラビカ種が栽培されていますが、その中には複数の品種や系統があります。地理的表示資料には、Lini S795、USDA系統、Arabusta、Typicaなどが記載されています。

S795

S795はインドネシアをはじめとするアジアの生産地で栽培され、「Lini S」と表記されることもあります。比較的高地へ適応し、穏やかな酸味、コク、甘みを持ち、チョコレート、スパイス、ハーブ、果実などを思わせる風味が現れる場合があります。

ティピカ

ティピカは歴史の古いアラビカ系統です。上品な酸味、透明感、穏やかな甘みを持つ傾向がありますが、病害耐性や収量の面では栽培が難しく、高地を中心に残されています。

USDA系統とArabusta

USDA系統は病害への対応や生産安定を目的として導入された系統です。Arabustaはアラビカ種とロブスタ種の性質を組み合わせた系統として扱われ、病害耐性や栽培安定性を目的に導入されました。

品種名が分からない商品

市販品には品種名が記載されていない場合もあります。複数の小規模農家から集めた豆では、複数品種が混ざることもあるためです。その場合は生産地区、標高、精製方法、焙煎度、味の説明を確認しましょう。

品種名だけで優劣を決めず、産地、標高、精製方法、焙煎度とあわせて判断することが大切です。

焙煎機と焙煎されたコーヒー豆のイラスト

第7章 収穫と精製方法

同じ地域、同じ品種でも、収穫時の熟度や精製方法が異なれば、酸味、甘み、コク、香り、口当たりは変化します。

完熟チェリーの収穫

高品質な豆では、赤く熟したチェリーを選んで手摘みします。未熟な実が混ざると、青臭さ、渋み、強い苦味の原因になるため、収穫後にも未熟豆や欠点豆を取り除きます。

セミウォッシュドとスマトラ式

インドネシアでは、セミウォッシュドやスマトラ式と呼ばれる方法が行われています。果肉を取り除いて発酵・水洗した後、豆の水分が比較的多い段階でパーチメントを取り除き、生豆の状態で再び乾燥させます。

この方法では、フルウォッシュドより酸味が穏やかで、ボディが強くなりやすい傾向があります。

フルウォッシュド、ナチュラル、ハニー

フルウォッシュドは、すっきりした酸味や透明感を表現しやすい方法です。ナチュラルは果肉が付いたまま乾燥させ、熟した果物やドライフルーツのような甘みを引き出します。ハニーは粘液質を一部残して乾燥させ、透明感と甘みの両方を表現します。

トラジャコーヒーの味を理解するには、産地だけでなく、完熟度、選別、発酵、乾燥、精製方法まで確認することが大切です。

コーヒー豆と温かいコーヒーカップのイラスト

第8章 トラジャコーヒーの味と香り

トラジャコーヒーは、爽やかな酸味と深いコクをあわせ持つコーヒーとして知られています。複雑でバランスのよい味、良質な酸味、強い香りがあり、甘み、チョコレート、スパイス、柑橘類、花などの風味が現れることがあります。

酸味

酸味は鋭く刺激的というより、穏やかで丸みのある印象になることがあります。高地のウォッシュドでは、オレンジ、グレープフルーツ、リンゴなどを思わせる明るい酸味が現れる場合があります。

コクと口当たり

セミウォッシュドでは厚みのある質感や、土、木、ハーブ、スパイスを思わせる風味が現れることがあります。フルウォッシュドでは口当たりが軽やかになり、果実や花の香りが分かりやすくなります。

甘みと香り

良質な豆では、黒糖、カラメル、はちみつ、熟した果物、ダークチョコレートなどを思わせる甘みを感じることがあります。冷めるにつれて酸味や甘みが分かりやすくなる豆もあります。

トラジャコーヒーの魅力は、力強いコクのなかに、果実、チョコレート、スパイス、花を思わせる複雑な風味が重なることです。

コーヒーカップを持ってカフェを歩くイラスト

第9章 トラジャとマンデリンの違い

トラジャとマンデリンは、どちらもインドネシアを代表するコーヒーですが、産地と流通名称が異なります。

トラジャは主にスラウェシ島のトラジャ地方、マンデリンは主にスマトラ島北部で生産されたコーヒーに使われる流通名称です。どちらも品種名ではありません。

マンデリンには、重厚なコク、穏やかな酸味、ハーブ、スパイス、土、木などを思わせる風味が現れることがあります。トラジャにもコクやスパイス感がありますが、明るい酸味や熟した果物、柑橘類、チョコレートの甘みを感じやすい豆もあります。

違いを確認するには、焙煎度と精製方法が近いストレートコーヒーを選び、香り、酸味、コク、後味を比較しましょう。

トラジャとマンデリンの違いを正確に知るには、同じ焙煎度と抽出条件で飲み比べることが重要です。

複数のコーヒーをテイスティングするイラスト

第10章 品質管理と生産者の取り組み

高品質なトラジャコーヒーを安定して生産するには、栽培環境だけでなく、収穫、選別、精製、保管、輸送まで一貫した管理が必要です。

完熟果と欠点豆の選別

赤く熟した実だけを摘む作業には多くの人手がかかります。収穫後には、未熟豆、発酵豆、黒豆、虫食い豆、砕け豆などを取り除きます。

カップテストと輸送

見た目だけでは確認できない風味上の問題を調べるため、サンプルを焙煎してカップテストを行います。トアルコ トラジャでは最低4回のカップテストを行い、インドネシアから日本までは一定温度のリーファーコンテナを使用しています。

周辺農家との協力

パダマラン農園では、周辺農家へ苗木や脱肉機を提供し、栽培や精製技術を共有しています。カバークロップによる土壌保護、シェードツリー、コーヒー果肉を堆肥へ戻す循環農法なども行われています。

トラジャコーヒーの品質は、恵まれた自然だけでなく、生産者、集荷業者、精製担当者、輸出業者による細かな管理で守られています。

コーヒー市場で豆を選ぶイラスト

第11章 おすすめの焙煎度と淹れ方

中煎りでは、果実感、爽やかな酸味、甘み、コクをバランスよく楽しめます。中深煎りでは酸味が穏やかになり、チョコレート、カカオ、カラメル、スパイスなどの印象が強くなります。

深煎りでは苦味、香ばしさ、厚みのある口当たりが目立ち、アイスコーヒーやミルクを加える飲み方に向きます。ただし、深く焙煎しすぎると産地固有の果実感が分かりにくくなります。

ハンドドリップの基本レシピ

  • コーヒー豆:15グラム
  • お湯:240グラム
  • 湯温:88〜92度
  • 挽き目:中細挽き
  • 抽出時間:2分30秒〜3分

最初に30〜40グラムのお湯を注ぎ、30秒ほど蒸らします。その後、数回に分けて注ぎます。酸味が強い場合は湯温を上げるか挽き目を細かくし、苦味や渋みが強い場合は湯温を下げるか挽き目を粗くします。

初めて飲む場合は、中煎りまたは中深煎りをペーパードリップで抽出すると、酸味とコクのバランスを確認しやすくなります。

コーヒーミルやケトルなど抽出器具のイラスト

第12章 トラジャコーヒーの選び方

ストレートかブレンドか

トラジャ産の豆そのものを味わうなら、「トラジャ100%」「トラジャ・ストレート」などと表示された商品が選びやすいでしょう。「トラジャブレンド」は、ほかの産地の豆が組み合わされている場合があります。

地区や農園名

パダマラン、ミナンガ、プルプル、ウマなどの地区名や農園名が記載されている商品は、生産地をより詳しく把握できます。

精製方法と焙煎度

しっかりしたコクにはセミウォッシュド、明るい酸味や透明感にはフルウォッシュド、熟した果実の甘みにはナチュラルが候補です。果実感には中煎り、コクと甘みには中深煎り、強い苦味には深煎りが向きます。

焙煎日と保存

可能であれば焙煎日を確認し、開封後は密閉容器に入れ、高温、多湿、直射日光、強いにおいを避けて保管します。短期間で飲み切れない場合は、1回分ずつ密閉して冷凍保存する方法もあります。

初めて購入する場合は、中煎りから中深煎りのストレートを少量選び、気に入ったら地区や精製方法の異なる豆へ広げるのがおすすめです。

コーヒー豆を丁寧に選別するイラスト

まとめ

トラジャコーヒーは、インドネシア・スラウェシ島のトラジャ地方で生産されるコーヒーです。山岳地帯の標高、昼夜の寒暖差、弱酸性の土壌、適度な降雨などを生かし、主にアラビカ種が栽培されています。

かつて「セレベスの名品」と呼ばれたトラジャコーヒーは、第二次世界大戦によって生産が衰退しました。その後、現地農家と日本企業による復興事業を経て、1978年にトアルコ トラジャとして日本市場へ戻りました。

トラジャは産地名称、トアルコ トラジャは独自の品質基準を持つブランドです。味には爽やかな酸味、深いコク、チョコレート、熟した果実、柑橘類、スパイス、花などを思わせる複雑な風味が現れます。

購入時は、生産地区、農園、品種、精製方法、焙煎度、焙煎日を確認しましょう。

トラジャコーヒーは、インドネシアらしい力強いコクと、上品な酸味や甘みを一杯の中で楽しめる、奥行きの深いコーヒーです。

カウンターでハンドドリップするイラスト